これは高校生時代の作文である。学業に関して楽しかった思い出はほとんどない。そのなかで、この作文を月渓宏先生から褒められたことが最も嬉しかった。大学受験という避けられない関門があるというのに、何をどうしていいのか分からず学業成績も低迷していて悶々としていた時期である。
原稿用紙3枚以内という制約のみで「土」という兼題で自分自身を書いてみた。
宿題が出た翌週の授業は、佳作の発表に充てられ、先生が数点の佳作を朗読された。色々なスタイルの文章が次々に発表された。ラジオのディスクジョッキー風の作品に感心したことを覚えている。自分には書けない作風だ。ただ、どれも感想文に過ぎない点が物足りなかった。最後に自分の作文が読まれた。なんだか恥ずかしくて俯いてしまったが、月渓先生は講評で手放しに自分が書いたものを褒めてくださった。そのことが、その後の学生生活で自分自身を信じるきっかけになったように思う。
E町は円町、K通りは北大路通、Y川は紙屋川のこと。K重なりになるのでYとしたが、天神川とも言うのでT川としてもよかったかもしれない。枚数制限があったのでアルファベットを使った。そのお陰で小説ぽくなったかもしれない。文章も削れるだけ削っていったが、結局一行はみ出してしまった。
紙屋川は北野神社の横の御土居の辺りから地上よりかなり下をえぐって流れており、北大路の下を潜る頃には二十メートルほどの高低差となっている。川の脇を歩いていると北大路通はとても気が付かない。北大路を過ぎて北に進んでいくとだんだんと民家がまばらになり北山の気配が急にし出すので、川から離れ道を登っていくと、はじめて北に来すぎていることに気付くのです。
ラストシーンは、船岡公園を北大路通に出た辺りから見た今宮神宮の鳥居へ北大路通を上ってくる紫野高校生(ムラコウセイ)の群れをイメージしている。船岡山の南麓に住んでいた自分は、やまの左裾をまわって北大路に出て高校に通っていた。せんきた(千本北大路)辺りから見る比叡山は円錐形にそびえた秀峰であり雨上がりは特に秀麗である。(ムラコウは、今宮神宮の参道を入って左手にある。)
[up net on 26/04/10、07/01]